研究目的
「成長神話に基づく沖縄振興」は大丈夫だろうか?
■好調が続く沖縄観光
「2021年度入域客1200万人、観光収入1兆1千億円」
これは、去る3月16日に県庁で開催された「沖縄県観光振興推進本部」において決定された本県の観光入域者数と観光収入に係る目標フレーム(計画改定)である。
改定案は、「第5次県観光振興基本計画」の後期5年に向けて、知事の諮問機関である県観光審議会の民間委員が検討し、知事に答申していたものである。基本計画の改定を受け、県文化観光スポーツ部は、実施戦略を示す「沖縄観光推進ロードマップ」を本年8月をめどに改定し、新たな目標フレームに基づく年度ごとの達成目標や国・地域ごとの内訳などを設定するとしている。
■好調の影での問題と課題
一方、沖縄に寄港するクルーズ船が増え続けているが、現場である港の受け入れ態勢が追い付かず、外国人観光客が到着するたびにターミナルでは混沌とした光景が広がっている。さらには接岸して乗客が下船してもバスやタクシーなどの陸上交通手段が追い付かず、「白タク」が横行するなどの問題も発生している。あるボランティアは、「貨物船専用の岸壁を使って観光客をさらに増やそうとするのは問題だ。まず受け入れ態勢を整備してから観光客を迎えるべきだ」と語っている。
また、もっと深刻なのは、ホテル等観光関連事業所で働く従業員の満足度が低く、「観光関連以外でいい仕事があれば移りたい」という従業者が少なくないということである。観光関連産業の発展で失業率が改善する一方、サービス業全体として非正規雇用が多い。利益確保のために雇用形態と賃金が改善されなければ、官民一体となり観光を振興してきた、その本質が問われる。
<観光関連の県民意識調査が各種あるがそれらを見ると、例えば、ホテルで働く人たちの定着率は極めて低く、他にもっと良い条件の仕事があれば移りたいと考えている人が40%もいる。>(H20年度、エンパクト調査)
県内への観光客が過去最高を更新する中、ごみや水の使用量の増加など生活インフラへの影響を懸念する声が高まっている。ごみのポイ捨てや飲食店での食べ残しなどでごみ排出量が増加。県はごみのポイ捨てが多い国際通りのプランターの撤去を決め、那覇市は飲食店などにごみの減量を呼びかける。県内ダムの貯水率は5割を切る中、人口増加に加え、観光客の急激な伸びが水不足の一因になりかねないとの指摘もある。(平成29年5月2日、沖縄タイムス)
「1200万人も観光客が来ると沖縄はどうなるのだろうか」という議論はほとんど聞こえてこない。キャリングキャパシティ(環境収容能力)という考え方があるが、県内ではその議論はあまり聞こえず、勇ましい数字だけが跋扈していると言っても過言ではないだろう。
確かに沖縄観光は好調ではあるが、目標数値を上方修正することにどんな意味があるのだろう。
沖縄観光は「量」から「質」に転換すべきだと言いながら、数年前には1000万人と言い、今度は1200万人と言い、相変わらず「量」を追い求めている。(観光先進地ハワイでさえ850万人である。)
これと似たような大きな問題をはらむ計画もある。
例えば「那覇-名護間を1時間で地下を走る抜ける高速鉄軌道」である。
県が計画を進めている鉄軌道は、本島の南北を1時間で結ぶ高速鉄道である。この鉄道はスピードを高めるためにほとんどが暗いトンネルの中(地下)を走るようになりそうだという。「都市間交通より地域交通こそ大事なのに、拠点以外は停車しない超ミニ新幹線が地下を潜るようなもの」(ゆたかはじめ氏)という意見や、「沖縄自動車道を使えば1時間で行くのに、景色も見えない電車の中で1時間じっと我慢できるのか」という意見もある。この計画は、これまでの日本の「経済成長路線」時代に重要とされていた「効率」をベースにした発想から生まれたものである。
■沖縄の精神性とその魅力について
近年、特に2011年の東日本大震災以降、戦後の経済成長一辺倒の日本社会を反省する声が高まった。「成長神話」は終わり、「成長から成熟へ」「成長経済から定性経済(定常型社会)」へなどとも言われている。ところが沖縄は相も変わらず「量」や「効率」を追い求めている。
沖縄の観光は、こうした「量」や「効率」を重要視して進んでいくべきなのであろうか。
こうした観光のあり方は、地域の豊かさや県民の幸福に繋がるのであろうか。
経済が成長して所得が増えても幸福度が高まるとは限らないとされている。これは「幸福のパラドックス」と呼ばれている。
また、量や効率性の追求は、本来沖縄が持っている価値観とはまったく異なるのではないだろうか。
最近、映画「カタブイ」〜沖縄に生きる〜という映画が県内でヒットしている。この映画は、沖縄の祖先崇拝や自然信仰、 “ゆいまーる”、沖縄音楽、空手など沖縄の事象の奥底にある“精神性”を描いたもので、沖縄在住12年のスペイン系スイス人ダニエル・ロペスが監督したドキュメンタリー映画である。
この映画の上映が終わったとき、涙を拭いていた観客が少なからずいた。この映画は、沖縄が大好きになり、沖縄女性と結婚した監督が外国人の目で見た沖縄の精神性を淡々と描いたものであるが、その表現はウチナーンチュの心を見事に捕らえ、あらためて沖縄の精神性の尊さを再認識することとなったと言えよう。
一方、書籍「消えゆく沖縄」を著した作家の仲村清司は、沖縄自身による乱開発と環境破壊、共同体の崩壊、信仰の形骸化を憂える。沖縄自身がこれまで何を失ってきたかを考えることは、沖縄の未来を構想する上で不可欠のステップに違いない。
私たちは、ここで一歩立ち止まり、「1200万人」や「地下高速鉄軌道」などに象徴される「量」や「効率」について、また、沖縄固有の精神性や本来の沖縄らしさと観光との関係性・関連性はどうあるべきかなどについて真剣に向き合いながら、地域の豊かさや県民の幸せにつながる観光のあり方について提言をまとめてみたい。
調査研究の手法としては、関係者や専門家へのヒアリング、シンポジウムの開催、観光先進地ハワイにおける入域者数推移と目標数値(その考え方と算出手法等)、観光と住民の幸福度との関係等を調査する。
調査のフロー図
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